2015年、八百長疑惑に揺れたハビエル・アギーレ監督との契約が解除され、日本代表は再び新しい監督を探すことになりました。
アギーレ監督は、4-3-3、プレッシング、可変システム、縦に速い攻撃で日本代表に新しい可能性を示しました。しかし、その戦術は完成を見ることなく終わります。
後任として日本へやってきたのが、旧ユーゴスラビア、現在のボスニア・ヘルツェゴビナ出身のヴァヒド・ハリルホジッチ監督です。
ハリルホジッチ監督が日本代表へ求めたのは、対戦相手によって戦い方を変えることと、世界の選手に1対1で負けないための「デュエル」、そして世界と戦うためのコンディショニングでした。
しかし、ハリルホジッチ監督が目指したサッカーは、それまでの日本代表をすべて否定して、ゼロから新しい戦術を作るものではなかったと私は考えています。
トルシエ、オシム、岡田武史、ザッケローニ、アギーレと、歴代監督が目指してきた組織的なサッカー。
ザッケローニ監督が取り組んだエリア管理やライン整理。
アギーレ監督が提示した4-3-3、プレッシング、可変システム、縦に速い攻撃。
その中で積み残されてきた守備の課題を整理し、相手に合わせて戦い方を変え、世界の選手に個人で負けないためのデュエルを加える。
ハリルホジッチ監督は、歴代監督が作ってきた日本代表の戦術を、世界で勝つためのサッカーへさらに進めようとした監督だったのではないでしょうか。
日本代表はハリルホジッチ監督とともに、2018年ロシアワールドカップを目指すことになります。
📖 この記事は、日本代表の歴代監督と戦術の変化を時系列で振り返るシリーズです。
▶ 日本代表歴代監督シリーズの一覧はこちら
- ハリルホジッチ監督は、世界各国でチームを立て直してきた現実派の監督だった
- アルジェリア代表を、同国史上初となるワールドカップベスト16へ導いた
- 歴代の日本代表監督は、日本人選手の特徴を生かしながら組織的なサッカーを作ろうとしてきた
- ザッケローニ監督はエリア管理やライン整理、アギーレ監督は4-3-3と縦に速い攻撃を提示した
- ハリルホジッチ監督は、相手によって戦い方を変えることと「デュエル」を強く求めた
- 世界と戦うためには、戦術だけでなく選手自身のコンディショニングも必要だと考えていた
ハリルホジッチ監督とはどんな人物だったのか
ハリルホジッチ監督は、旧ユーゴスラビア、現在のボスニア・ヘルツェゴビナ出身です。
現役時代はストライカーとして活躍し、フランスのナントではリーグ優勝と得点王を経験しました。
引退後はフランスやトルコのクラブ、コートジボワール代表、アルジェリア代表などを率い、2014年ブラジルワールドカップではアルジェリア代表を同国史上初のベスト16へ導いています。
海外では、規律を重んじる現実派の監督として評価される一方、選手にも自分にも妥協を許さない、厳格な指導者として知られていました。
結果を残す反面、選手やクラブ、サッカー協会と衝突することも少なくなかったようです。
日本代表が期待したのは、世界の強豪を相手に、戦力差を埋めながら勝つための方法でした。
▶ ハリルホジッチ監督の選手経歴を見る
| 西暦 | 所属 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1971–1981 | ヴェレジュ・モスタル | 旧ユーゴスラビアでストライカーとして活躍 |
| 1981–1986 | FCナント | フランスリーグ優勝と得点王を経験 |
| 1986–1987 | パリ・サンジェルマン | フランスで現役生活の終盤を過ごす |
| 1976–1985 | ユーゴスラビア代表 | 国際舞台でストライカーとしてプレー |
▶ ハリルホジッチ監督の監督経歴を見る
| 西暦 | チーム | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1990–1992 | ヴェレジュ・モスタル | 古巣で監督としてのキャリアを始める |
| 1993–1994 | ボーヴェ | フランスで監督経験を積む |
| 1997–1998 | ラジャ・カサブランカ | アフリカのクラブ大会と国内リーグで結果を残す |
| 1998–2002 | リール | 2部から1部へ昇格させ、欧州大会出場へ導く |
| 2002–2003 | レンヌ | 降格危機にあったチームを残留へ導く |
| 2003–2005 | パリ・サンジェルマン | 国内カップ優勝を経験 |
| 2005–2006 | トラブゾンスポル | トルコで指揮 |
| 2006 | アル・イテハド | サウジアラビアで指揮 |
| 2008–2010 | コートジボワール代表 | ワールドカップ出場権を獲得するも、本大会前に解任 |
| 2010–2011 | ディナモ・ザグレブ | クロアチア国内リーグ優勝 |
| 2011–2014 | アルジェリア代表 | 2014年ワールドカップで同国史上初のベスト16 |
| 2014 | トラブゾンスポル | 再びトルコで指揮するも、短期間で退任 |
| 2015–2018 | 日本代表 | ロシアワールドカップ出場権を獲得 |
日本代表監督になる前の評価
ハリルホジッチ監督は、アルジェリア代表だけで突然評価された監督ではありません。
モロッコのラジャ・カサブランカではアフリカ王者となり、フランスのリールでは2部で苦しんでいたチームを1部へ昇格させました。
さらに、昇格後のリールをリーグ上位へ押し上げ、欧州大会へ出場するチームにまで成長させています。
レンヌでは降格危機にあったチームを残留へ導き、パリ・サンジェルマンでは国内カップを制覇。クロアチアのディナモ・ザグレブでもリーグ優勝を経験しました。
こうした経歴から、海外では戦力の限られたチームへ規律を与え、短期間で結果を出す現実派の監督として評価されていました。
一方で、厳しい要求を曲げず、選手やクラブ、サッカー協会と衝突することも少なくありませんでした。
コートジボワール代表では、ワールドカップ出場へ導きながら本大会前に解任されています。
日本代表監督へ就任する直前に率いたトラブゾンスポルでも、短期間でチームを去りました。
結果を残す力はある。しかし、結果を出すために妥協しない姿勢が、ときに周囲との摩擦を生む。
アルジェリア代表を同国史上初のワールドカップベスト16へ導いた実績とともに、そんな人物評価も抱えながら、ハリルホジッチ監督は日本へやってきました。
では、そのハリルホジッチ監督を迎えた当時の日本代表は、どのようなサッカーを目指し、どんな課題を抱えていたのでしょうか。
ハリル就任前、日本代表はどんなサッカーを目指していたのか
歴代監督が目指した「日本人らしいサッカー」
日本代表の戦術は、ハリルホジッチ監督の就任によって突然始まったものではありません。
トルシエ監督は組織的な守備とフラット3を導入し、オシム監督は選手が考えながら走り、全員で攻撃し、全員で守るサッカーを目指しました。
岡田武史監督、ザッケローニ監督、アギーレ監督も、それぞれ異なる方法で、日本人選手の特徴を生かしたチームを作ろうとしてきました。
監督によってフォーメーションや攻撃方法は違います。
しかし、私には歴代監督が目指してきた方向には、一つの共通点があったように見えます。
全員が連動して守り、ボールを奪ったら素早く攻める、組織的な堅守速攻です。
体格で世界の強豪を上回ることが難しくても、技術、運動量、判断力を生かすことはできます。
一人ひとりがバラバラに戦うのではなく、チーム全体が同じ目的を持って動く。
歴代の監督たちは、そこに日本代表が世界と戦うための可能性を見ていたのではないでしょうか。
目指していたのは組織的な堅守速攻だった
堅守速攻というと、ゴール前に全員で引いて守り、ボールを奪ったら前線へ大きく蹴るだけのサッカーを想像するかもしれません。
しかし、ここでいう堅守速攻は少し違います。
全員で連動して相手の攻撃を止め、狙った場所でボールを奪い、相手の守備が整う前に素早く攻める。
必要であればショートカウンターを狙い、すぐに攻め切れなければボールを保持して攻撃を組み立て直す。
つまり、守備と攻撃を別々に考えるのではなく、「どのように奪い、奪った後にどう攻めるのか」までを一つの流れとして考えるサッカーです。
オシム監督が目指した全員攻撃・全員守備も、ザッケローニ監督が持っていたエリア管理やライン整理も、アギーレ監督の4-3-3や縦に速い攻撃も、その方向へ近づくための挑戦だったと私は考えています。
ハリルホジッチ監督は、この流れをすべて否定したのではありません。
むしろ、歴代監督が作ろうとしてきた組織戦術に、対戦相手に応じて戦い方を変える考え方と、個人で局面に勝つ力を加えようとしたように見えます。
カテナチオとゾーンプレスに残された課題
しかし、ハリルホジッチ監督が就任するまでの日本代表には、まだ解決できていない守備の課題がありました。
日本代表は、選手同士の距離を縮めてゴール前を守るカテナチオや、中盤で相手を囲い込んでボールを奪うゾーンプレスを目指してきました。
しかし、その守備を成立させるために必要なラインコントロールが不十分でした。
ディフェンスラインが低い位置に残ったまま、中盤の選手だけが前へ出てプレスを掛ければ、選手同士の距離が広がります。
すると中盤の選手は、縦に間延びした広いスペースを走って埋めなければなりません。
私は以前から、このように中盤の運動量だけで広いスペースを補おうとする守備を「根性プレス」と呼んできました。
ゾーンプレスそのものが悪いわけではありません。
問題は、前線、中盤、最終ラインが一緒に動かず、前線と中盤の選手だけが長い距離を走らされることです。
この状態では、試合終盤になるほど消耗が大きくなり、世界の強豪を相手に90分間守り続けることは難しくなるどころか、攻撃に使う体力すら守備に奪われることになります。
だからこそ、ゾーンプレスだけでなく、最終ラインを含めたチーム全体の連動したラインコントロールが必要だったのです。
ザッケローニ監督は、こうしたエリア管理やライン整理を日本代表へ持ち込める監督でした。
しかし、それらが十分に定着しないまま、アギーレ監督を経て、ハリルホジッチ監督の時代を迎えることになります。
そして、こうした未完成の守備を土台に、対戦相手ごとに具体的なゲームプランを作り、デュエルを求めたのがハリルホジッチ監督でした。
日本代表が目指すべき戦術「日本人らしいサッカー」とは
当時、私は歴代監督が積み上げてきた戦術を考えながら、日本代表が目指すべきサッカーを次のように考えていました。
- 守備:ラインコントロールを加えたカテナチオとゾーンプレス
- エリア管理:相手を狙った場所へ誘導し、チーム全体でボールを奪う
- 相手別戦術:対戦相手によって守備の高さ、プレス、攻撃方法を変える
- 攻撃:ショートカウンター、カウンター、速攻、ポゼッションを状況によって使い分ける
- 個人:最後の局面ではデュエルで負けない
ボールを奪った直後にチャンスがあれば、素早くゴールへ向かう。
ショートカウンターが使えるなら、一気に攻め切る。
相手の守備が整っていれば、無理に前へ急がず、ボールを保持して相手を動かす。
そして、もう一度攻めるためのスペースを作る。
つまり、ポゼッションとカウンターのどちらか一方を選ぶ必要はありません。
相手と試合状況によって、速攻とポゼッションを使い分けることが重要です。
実現すれば、ボールを保持して相手を動かすサッカーに、縦に速いカウンターを加えたような戦術になります。
私は、これこそ日本人選手の技術、運動量、判断力を生かしながら、世界の強豪と戦うための一つの答えになると考えていました。
そして、ザッケローニ監督のエリア管理とライン整理、アギーレ監督の4-3-3と縦に速い攻撃、ハリルホジッチ監督の相手別のゲームプランとデュエルには、その方向へ進む可能性がありました。
日本代表はなぜハリルホジッチ監督を選んだのか
アギーレ前監督との契約解除によって、日本代表は再び短期間で新しい監督を探すことになりました。
当時の日本代表には、ボールを扱う技術や、組織的にパスをつなぐ力がありました。
さらに、トルシエ、オシム、岡田武史、ザッケローニ、アギーレと、歴代監督のもとでさまざまな組織戦術にも挑戦してきました。
しかし、世界の強豪を相手に、対戦相手の特徴によって戦い方を変えること。
そして、最後は一人ひとりが相手との局面で負けないこと。
そこには、まだ課題が残っていました。
その日本が選んだのが、限られた戦力を組織し、格上の相手にも現実的な方法で対抗してきたハリルホジッチ監督です。
2014年ブラジルワールドカップでは、アルジェリア代表を同国史上初のベスト16へ導き、後に優勝するドイツ代表を延長戦まで苦しめました。
日本代表が期待したのは、華やかな理想論だけではありません。
世界の強豪に勝つために相手を分析し、必要であれば日本代表自身の戦い方を変えられる監督でした。
ハリルホジッチ監督の招聘は、歴代監督が積み上げてきたものを捨てるためではなく、それまで未完成だった日本代表の戦術を、世界で戦える形へ整理するための選択だったと私は考えています。
そしてハリルホジッチ監督が日本代表へ強く求めたのが、次の3つでした。
- 相手別の戦術変更:対戦相手によってフォーメーション、プレス、守備の高さ、攻撃方法を変える
- デュエル:世界の選手との1対1の局面で負けない
- コンディショニング:世界と戦うための身体を日常から準備する
ハリルホジッチ監督が日本代表へ求めた3つのもの
相手によって戦い方を変えるゲームプラン
ハリルホジッチ監督の戦術を語るうえで重要なのが、すべての相手に同じサッカーをしなかったことです。
これは単にフォーメーションを変更するという話ではありません。
相手の特徴を分析し、フォーメーション、メンバー、プレスの掛け方、守備の開始位置、攻撃方法まで試合ごとに変える。
例えば、後方からのビルドアップが得意な相手には、無理に前から飛び込まず、パスコースを限定しながら対応する。
反対に、後方からの組み立てが苦手な相手には、前線から強くプレッシャーを掛けてミスを誘う。
大切なのは、すべての相手に同じ守備や攻撃を繰り返すことではありません。
「自分たちは何をしたいのか」ではなく、「この相手に勝つためには何をするべきか」を考える。
ハリルのゲームプラン 相手によってフォーメーション、メンバー、プレス、守備の高さ、攻撃方法を変え、日本代表自身が相手に合わせて変化する。
そしてボールを奪った後にチャンスがあれば、相手の守備が整う前に縦へ速く攻める。
ハリルホジッチ監督の縦への速さは、単純に前へ蹴ることではなく、相手の弱点を突き、守備が整う前にゴールへ向かうためのものだったと考えています。
世界と渡り合うための「デュエル」
ハリルホジッチ監督がもう一つ強く求めたのが、「デュエル」です。
どれだけ優れた組織戦術を作っても、最後の局面で必ず1対1は発生します。
- ボールを奪う
- 相手に抜かれない
- 競り合いに勝つ
- 先にボールへ触る
- 一瞬の加速で相手より前に出る
ハリルホジッチ監督が求めたデュエルは、単なる気合いや根性ではなく、世界の選手を相手に一つひとつの局面で勝つことでした。
どれだけチーム全体で相手を狙った場所へ追い込んだとしても、最後にボールを奪う選手が負ければ守備は完成しません。
組織と個人 組織戦術が「チームとしてどのように戦うか」だとすれば、デュエルは「その最後の局面で個人が負けないこと」です。
ハリルホジッチ監督は、日本代表に組織戦術だけを求めていたわけではありません。
世界の強豪に勝つためには、組織と個人の両方が必要でした。
デュエルを支えるコンディショニングと体脂肪率12%を巡る騒動
そして、デュエルで世界の選手と戦うために必要になるのが、選手自身のコンディショニングです。
ハリルホジッチ監督の日本代表では、国内組を集めた代表合宿などで体脂肪率が計測され、体脂肪率12%という数字が大きな話題になりました。
体脂肪率が12%を超える選手には警告、11%台は要注意とされ、一部では「12%以上の選手は今後代表へ呼ばない」とまで報じられました。
この方針には賛否がありました。
しかし、ハリルホジッチ監督が本当に問題にしていたのは、単純に「体脂肪率が低ければ優れた選手」という話ではなかったはずです。
世界トップレベルの選手を相手に、一瞬の加速、切り返し、接触、競り合い、スプリントを繰り返す。
そのためには、トレーニングだけでなく、体重管理、体脂肪、食事、疲労回復などを含めて、日常から身体を準備しなければなりません。
ハリルホジッチ監督が選手たちへ求めたのは、代表へ招集されてから身体を作るのではなく、いつ呼ばれても世界と戦える状態を日常から維持することだったのではないでしょうか。
過剰な体脂肪はパフォーマンスの負担になる
サッカーでは、走る、止まる、方向を変える、ジャンプする、相手と接触するといった動作を90分間繰り返します。
そのため、必要以上の体脂肪は、自分の身体を動かす際の負担になることがあります。
ただし、体脂肪率は低ければ低いほど良いわけではありません。
筋肉量を維持しながら競技に適した身体を作り、健康状態や回復力を損なわないことが重要です。
極端な食事制限によって数字だけを下げても、筋力やコンディションを失えば、デュエルで勝つための身体作りにはなりません。
重要なのは、体脂肪率という一つの数字だけを見ることではなく、世界と戦うための身体を継続的に管理することです。
ハリルの要求 相手を分析して戦い方を変え、デュエルで個人の局面に勝ち、その力を発揮できる身体を日常から準備する。
ハリルホジッチ監督が日本代表へ求めたものは、それぞれ別々ではなく、一つにつながっていました。
一般の方と日本代表選手のようなトップアスリートでは、必要な身体や適切な体脂肪率も同じではありません。
体脂肪を落とすことだけを目的にせず、筋肉量や体調を維持しながら身体を整える考え方については、ボディデザイン講座でも詳しく解説しています。
- 歴代の日本代表監督は、日本人選手の特徴を生かしながら組織的なサッカーを作ろうとしてきた
- 日本代表には、ゾーンプレスと最終ラインの連動に課題が残り、中盤の運動量で補う「根性プレス」が起こりやすかった
- ザッケローニ監督はエリア管理とライン整理、アギーレ監督は4-3-3、プレッシング、可変システム、縦に速い攻撃を提示した
- ハリルホジッチ監督は、相手によって戦い方を変えるゲームプランを重視した
- 組織戦術だけでなく、世界の選手との局面で勝つ「デュエル」も要求した
- さらに、そのデュエルを支えるために、日常からのコンディショニングも厳しく求めた
では、その戦術を日本代表で実践しようとしたとき、何が起きたのでしょうか。
次の記事では戦術そのものの説明を繰り返すのではなく、ハリルホジッチ監督が目指した「相手に勝つためのサッカー」と、日本代表が長く抱えてきた「俺たちのサッカー」がなぜ衝突したのかを考えていきます。