ワールドカップの試合を見る限り、日本代表の戦術は古い。カタールW杯が始まりドイツ戦の前半中にラインコントロールが時代遅れだと気づいたのだが、世界の戦術は他にも進歩していた。
現代サッカーのトレンド戦術は、不用意にボールを相手に渡す「ボールのロスト」を減らす傾向にある。そのため局所的に数的優位(有利)を作り、ポゼッション(ボールの保持率)を高めるのだ。
世界のトレンド戦術はGKからポゼッションを始める
日本では攻撃をする際、GK(ゴールキーパー)から大きく横に並んだ4バックの誰かへボールを渡そうとする。
この時4人が関わっているように見えて、下図左側のようにプレスを掛けられるとGKは大きく蹴り出すしかなくなり、ボールロストの可能性も上がる。
しかし世界ではGKから確実につなぐためのシステム変更(可変システム)を採用している。
GKからパスでつなぐシステム変更(可変システム)
世界のトレンド戦術では「キーパーからのボール出し」ですらシステム変更を採用し、上図右側のようにパスでつなぐことを考える。
- ボールを展開するとき、GKとCB(センターバック)が一列に並ぶか巨大な三角形を形成する。
SB(サイドバック)は一列上がる。 - 一列上がった両SBと中央で構えるDMが一列に並び、数的優位を作る。
このビルドアップに参加するSBを偽SBと言うそうだ。
この際、相手のプレスや人数により中央で構えるDMのポジションは変わる。 - CB、SB、DMで数的優位を作れなければ、OMが降りてきてポゼッションに加わる。
偽SBはビルドアップの役割が増えただけ
例えば下図左側のような433のシステムがある。
WBやSB(バングーナや菅原)はWGやSH(三笘や堂安)の後ろに位置し、攻撃時には大外でボールを受け、前にいるWGや内側のDMF(守田、鎌田、遠藤)にパスを出すと大外(ライン側)からWGを追い越すオーバーラップのイメージがあるだろう。
SBがWGを追い越すと大きくシステムが乱れてカウンターを喰らいやすくなる。
そのためDMの森田や鎌田が上がり、SBが内側にポジションチェンジすることで中盤の人数を増やす。
CB(伊藤、板倉)とDMFでアンカーの遠藤は最後尾でパス回しに徹することになる。
このSBのポジショニングを偽SBと言い、グラウディオラ監督がバルセロナ時代にシステム変更の一つとして考案した。
加えて更に押し込むと、遠藤が0.5~1列上がることになる。
2023年3月に行われたキリンチャレンジカップではDMFの守田と遠藤がボールに近寄りすぎるため、このシステム変更が機能しなかった。
偽SBは低い位置から行うと難しい
ボールの位置が高くなるとさらに攻め上がったりオーバーラップもするのだが、何か複雑で特殊なシステムやポジショニングだと勘違いされている節がある。
上図右側でも分かるのだが、この高さで行うと非常に難しくなるのだ。
DMFのアンカーに位置する遠藤がハーフライン程度まで押し込む辺りで偽SBとして位置すると安定して簡単に行える。
343は自然とビルドアップのシステムになる
現在森保監督が推している343のシステムでは、すでにディフェンシブサードにおけるGKからのビルドアップのシステムがほぼ出来上がっている。
恐らく森保監督を含めて日本代表選手は気づいて居ないだろうが、苦手とするシステム変更も無難に対応できていたのだった。
伊東
久保 堂安
伊東 菅原
守田 遠藤
伊藤 瀬古 板倉
シュミット
中央にいるCB瀬古が中心に入り、DMF守田と遠藤とボールを展開することになる。
伊東
久保 堂安
伊東 菅原
守田 遠藤
瀬古
伊藤 板倉
シュミット
カタールW杯で各国のGKからの展開
世界ではCBがペナルティエリアと同じかそれ以上に開き、ボール回しを始める。ディフェンシブサードで鳥籠(とりかご)を行い、ミドルサードへとつなげる。
グループステージ第1戦目 ドイツ
グループステージ第2戦目 クロアチア
クロアチアの展開は、日本人の二人のプレスに対し中央に一人。
クロアチア(GKとCB2人、MF1人)4対2。
ドイツ戦の前半 日本代表の異様に近い距離感
日本代表もGKからパスでポゼッションを始めないわけではないが、GKとCBの距離が異様に近い。
スペイン戦の後半 日本代表のボール回し
スペイン戦の後半開始早々、日本はボール回しを行うがそこでも日本の古い戦術が浮き彫りとなる。
一度右サイドへボールが寄って全員のポジションが変わったために違和感はある。
①まず下図、GKの権田からボールを展開するため、谷口が青矢印の方向へ開く必要がある。
GK権田、CB吉田、CB谷口、DM守田の4人でスペインのマーク3人から数的優位(有利)を作り、ボールを中盤へ展開する。
仮にCB谷口が開くとスペインのマークが引っ張られ、DM守田へボールが入りやすくなり白矢印の方向へパスを出して展開することができたかもしれない。
②ところが谷口は開かずGK権田と重なった状態になり数的優位を作れない。
そのためDMの守田が自分のマークから距離を取るためにディフェンスラインに入り、一時的に数的優位を作らざるを得なくなった。
DM守田が下がったことで青エリアに人が居なくなる。
本来は左サイドのWB三笘が下がってこなければならないのだが、何故か下がらない。
③DM田中もボールへ寄ったことで狭くなるが、CB吉田が水色矢印のループボールでCH鎌田につなげる。
この時点で三笘が青エリアに入ればCH鎌田も見えたかもしれないが、三笘が立ったままであるため恐らくどこにいるか分からなかったのだろう。
CH鎌田にボールが入ると分かった時点でWBの三笘は同じ高さ(画像で言う鎌田の画面真下)に来るべきだった。
④また鎌田は前を向くべきだったのだが向けず、赤矢印の下がってきたスペインのマークをかわすため、後ろにドリブルをする。
現在では鎌田が白矢印のように戻ってきてしまったが、谷口が開き、守田が青エリアを使うことができていれば、カウンターが成立していたハズである。
三笘は依然として立ったまま戻る気配がない。
⑤鎌田が谷口へバックパスをしたことでようやく三笘が戻り始めたのだが、日本代表は完全に自分たちから数的不利を作り出していた。
上写真でも分かる通り、谷口が開かないため、守田と谷口だけではなく、画面外のGK権田すら重なっていることになる。
上の写真であれば三笘は青エリアに入り、スペインのマークを連れ出す動きをするべきだった。
三笘の動きは森保監督の指示である可能性もあるが、この一連の動きを見る限り三笘はビルドアップ(ボール運び)のポジショニングに問題があるようだ。
先発を長友にする理由は交代戦術のためだけではなく、ビルドアップのせいかもしれない。
日本代表の各ポジショニングを図に書き直す
上記一連で日本代表の理想の流れを図にすると以下のようになる。
①CBの吉田と谷口が大きく開く
CB谷口が大きく開くとスペインもプレッシャーを掛けに開き中央が空く。
中央にDM守田もしくは田中が下がり、数的優位を作る。
図の例では守田が下がる。
守田の空いた穴へSH堂安が下がり、CH鎌田が中央へ。
(実際はDM田中がCB吉田へ寄って、そのポジションがぽっかり空いてしまった。)
FW前田はボールサイドの中央へ寄る。
②守田が下がり展開する準備ができる
全員がポジションを移動すると以下のようになり、ボールを展開する準備ができるようになる。
③3CBでGKからボールが出る場合の理想図
上記までは途中からの展開だったが、3CBでGKからボール回しが始まる時の理想の展開は以下のようになる。
分かりやすい展開ではあるのだが、日本代表はまだそのレベルに達していないようだ。
CB吉田がCB板倉、谷口と中央で並ぶとGKの権田と重なるために数的優位にならない。
あくまでも板倉や谷口のラインよりも前にいる必要があり、WBの伊東と三笘が下がってCB吉田と並ぶ高さにいても良い。
勿論これらはマークを引き剥がしながら行うものであって、この位置にポジションを取って立っていれば良いわけではない。
上図では伊東と三笘がWBなので自然とこの位置に居るべきなのだが、4231や433など4バックのシステムでCBが3人いなくなった時に必要となる動きが偽SBと言う訳だ。(一番上の図)
④GKからつなげるシステムと偽SBの存在
このシステム変更(可変システム)ではSBがすでに中盤近くまで上がっているため、必然的にビルドアップやゲームメイク、アタッカーとして機能する機会が増える。